居なくなりたい。
そう・・・何度も思っていた。

だからこの時―
「やっと・・・居なくなれる」と・・・少し・・・安心した。



『―マークエルフ!4時の方向にフェストゥムが居る!それを破壊するんだ!』

―分かってるよ。
脳内に直接響いてくる友人の声に、知らない自分が、そう答えた。

何時もこれ―ファフナーに乗る時は、自分の感じた事の無い感情がぐるぐると体を回っている。
少し・・・奇妙な感じがするんだ。
自分が自分じゃないような・・・そんな感じが、ファフナーに乗っている時いつも思う。

「はっはぁ・・・はぁ・・・」

言われた通り、フェストゥムのコアを破壊して、またフェストゥムに立ち向かう。
―全部俺が倒してやる。
自然とそう思う自分が、怖かった。



『・・・敵は消滅した。―これから帰島を開始する。機体の損傷が激しい場合は―』

戦闘の終わりを告げる友人の声が脳内に響いてくる。
―やっと終わった。
どうしようもない不安と、ほんの少しの安堵感が入り混じって、複雑な気分だった。


戦闘前の自分と、戦闘後の自分。
すこしづつ・・・変わって行く周りの景色。


これが世界なんだ、と―以前・・・誰かに教えてもらったような・・・そんな気がした。





第二章−苦海−





あの雨の日から、総士はちょくちょく俺につるんで来るようになった。
別のクラスで、ほっとしていたのに―。
・・・そう思う自分への罰なんだろうな。

「―一騎、数学の教科書貸してくれないか?」

こんな感じで、休み時間とかによく俺の居るクラスに来る。
お前は・・・何がしたいんだ―?
そんな事・・・口が裂けても訊けなかった。

「・・・お前が教科書忘れてくるって・・・珍しいんじゃないか?」

自然と言葉が出て来る。
これが普通に友達と会話する事なんだろう、と思った。
あの疵の事も忘れて―何事も無かったようにする会話。
俺自身を責めるような・・・会話。

「自分の机に置いたまま寝てしまって・・・。見っとも無いよな」

自嘲の笑みを浮かべながら、総士は「ありがとう」と言った。
「お前らしくないよ」と言って・・・一緒に笑うのが普通なんだろうな。
でも・・・俺には到底無理な事だ。
だから、そのままの表情で、ただ俯くしか無かった。

「どうした?・・・どこか具合でも悪いのか?」

「―!べっ別に・・・。ほら、さっさと行けよ。授業始まるぞ」

心配そうに見詰めて来る総士を、俺は無理矢理追い出した。
・・・他人の心配より、自分の心配をしろよ。
自分の席に戻りながら、そう思った。



普通って、どう言う事なんだろう。
今まであまり考えた事・・・なかったけど、最近、よく考えるようになった。



「・・・・」

少し憂鬱な気分で、自宅の戸を開ける。
別に今日は何も無かった。
けど―

「久々に来るけど・・・やっぱり変わってないな」

・・・総士が居る。

学校の授業が終わって帰ろうとした矢先に、総士と良いタイミングで鉢合わせになった。
そして、一言、
「今日、お前の家に遊びに行っていいか?」と訊かれ、断るに断れなくて・・・。
ああ・・・どうしよう。

「・・・取り合えず、俺の部屋行ってて。お茶持って上がるから」

―すごい緊張するな・・・。
本当に、総士が家に来るのは・・・久しぶりだった。
だから、どう対応して良いのか、まるで分からなくて・・・。

「・・・どうしよう」

階段を登る度に、かたかたとお盆の上で音を奏でている湯飲みと急須。
その音を聴きながら、俺は心の準備をしていた。
・・・今日こそ・・・謝ろうと思ったから。

「・・・」

戸を少し開けた所で、ふと部屋に居る総士を見た。
総士は―寂しそうに微笑んでいた。

「―あ、一騎。居たのか」

俺の気配に気付いたらしく、総士は部屋の戸を開けてくれる。
さっきの表情とは違う、別の表情だった。

「お前の部屋も・・・なにも変わってない」

くすくすと笑う総士にムッとして、「何も無い部屋で悪かったな」と言う。
そしたら総士は「そう言う意味じゃないよ」と言った。

「一騎は、あの頃から今まで同じで良いよなって意味」

お前は・・・なにも悪気は無く言っていと思うけど、俺には・・・俺を責めるようにしか聴こえない。
俺は、取り合えず丸い机の上に持っていたお盆を置いた。

「総士・・・お茶・・・入れるな」

「ああ」

湯飲みにお茶を注いでいると、俺の丁度目の前に総士が腰を下ろす。
・・・やばい、変な汗出てきた。
持っている急須が、緊張して震える手の振動を受け、かたかたと少しだけ揺れた。

「・・・今日来たのは・・・相談したい事があったから・・・なんだ」

お茶を入れ終え居心地悪いなと思っていた俺に、総士が妙に改まって話しかけてくる。
ただ「相談」と言われ、少しだけ・・・嬉しかった。

「・・・俺で良いなら・・・何でも言ってくれ」

ぎこちない笑みだったけど、今日、初めて笑った気がする。
少しだけ・・・自分が居て良かったのかなと安心した。

「あの、な・・・一騎・・・。僕は・・・お前を苦しめるかも知れないんだ」

総士の口から出てきた言葉は、俺にとって意外なものだった。
俺の方がお前を苦しめて来たんだぞ?
なのに・・・なんでお前がそんな事・・・言うんだよ。

「・・・だから・・・ごめん」

色が白くなるほど強く握り締められた総士の手。
その手を見ながら、俺は言い返すことも出来ずにいた。

「・・・一騎?」

「へ?」

今までの沈黙を破り、急に声をかけて来た総士に、間が抜けた声で返事をしてしまう。
俺・・・また呆けてた?大事な話、してたのに・・・―
何も分からずに居る俺の頬に、総士の指が触れた。

「お前・・・―ごめん、僕のせいだな・・・」

「え?」と首を傾げると、総士は悲しそうに表情を歪める。
そして、俺の目元を指で拭った。

「な・・・嘘・・・俺・・・泣いて、た?」

―また俺ばっかり。
そう思っても、感情は止まる事を知らないようで、どんどん溢れ出してくる。

「ごっごめ、ん・・・俺・・・の方が・・・お前を・・・っ」

嗚咽が漏れて、上手く言葉を話せない。
また・・・言いたい事・・・言えないのかな、俺・・・。
どうして・・・。

「・・・一騎」

次々と流れる涙を抑える事が出来ずに泣き続けている俺の手をそっと握り締めてくれた。
驚いて目を丸くしている俺を、総士はまっすぐに真剣な表情で見る。

「一騎は・・・僕が守る。絶対苦しめたりしないから・・・だから、泣くな」

思わず、訊き帰してしまいそうになった。
「なんで、そんな事を俺に言うんだ?」と。
でも―なんだか・・・言えなくなってしまっていた。

「・・・」

なにも思いつく言葉が無くて、とりあえず頷く。
なんでか分からないけど・・・総士の前では泣かないようにしよう、と心の中で決意した。


それから少しして、総士は自分の自宅へと帰って行った。
なんか・・・寂しそうに笑ってたな・・・。
俺・・・またちゃんと言えなかった。
「ごめん」って・・・―



また―夢を見た。

暗い砂浜に、俺が1人、ぽつんと誰かを待っている夢。
月の明かりも街灯の灯りも無い、真っ暗な夜だった。

ただ・・・海から小波の音が聴こえて、少しだけ・・・妙な胸騒ぎがした。
今待っている人は―俺が知っている人じゃ無くなって・・・違う人になって帰ってくるような―。
・・・そんな気がして、不安になった。



次の日。
朝から総士と一度も出会わず、少し安心していた。

授業中、窓の外を見ていると・・・桟橋から船が出て行く準備をしているのが分かった。
―誰だろう。
そんな事を思って、目を凝らしてみる。
よく分からなかったが・・・栗色の髪が風になびいているのが分かった。

「・・・総士」

思わず呟いてしまった俺の声に築いたのか、前の席の甲洋が振り向く。
訝しげな視線で見られたので、慌てて総士が居る方へ指を指した。

「・・・あ、お前、知らなかったのか?」

「・・・なにが?」

首を傾げる俺に、甲洋は少し呆れた表情をする。
まるで「幼馴染のくせにそれも知らないのか」とでも言いたそうな表情をしていた。

「あいつ・・・今日から東京行くんだってさ。良いよなー・・・」

羨ましがる甲洋を横目に、俺はずっと総士の姿を見ていた。
しばらく会えなくなるんだ・・・。
そう考えると、すごい安心した。





あの時言った事・・・お前は覚えているんだろうか。
・・・そんな素振りは、東京から帰って来てから全然見せないけど・・・。

ただ人が変わったかのように、態度が冷たくなったような・・・そんな気がする。

俺は急に―自分の居場所が無くなったみたいな・・・前のような気持ちになった。
少しだけ・・・総士に甘えただけなのに、今までずっと離れていたから―
そんな・・・気持ちになるんだろうな。

今は嫌でも総士が傍に居ることを感じる。
ファフナーに乗る時間も・・・少しづつ増えて来ている。

―このままで良いんだろうか。

変わっていく自分が、怖かった。
自分がここに居て良いのかと考えることが、怖かった。

だから―あの質問を最後に・・・俺は島を出る決意をした。

自分の居場所を探すために。

総士の見たものを―見るために。