第一章−偽りの自分と本当の自分−




昨日と同じ、晴れて澄み渡るアオゾラ。
何も変わっていない・・・日常の風景。

一瞬だけ、俺自身が誰なのかを忘れてしまいそうなぐらい、清々しい気分だった。

「・・・今日はいつもと違って、気難しい顔はなされていないんですね」

目と足が不自由な妹―ナナリーと共に朝食を摂っている時、不意にナナリーにそう言われた。
確かに、そうかもしれない。

「ナナリーは、なんでも分かってしまうんだな」

思わず自嘲の笑みを零すと、ナナリーは嬉しそうに微笑んだ。

「今日のお兄様、なんだか重荷が取れたような・・・すっきりとした感じなんですもの」

美味しそうに焼けたパンの香ばしさを味わいながら、俺はふと昨日の事を思い出す。
ああやって―他の奴らに正体がばれて行くのか。
―スザク・・・。
不意に涙が込み上げて来て、俺は慌てて席から立ち上がった。

「もう、よろしいんですの?私・・・なにか気に障るような事、言いましたか・・・?」

ナナリーの不安そうの表情を見て、俺は

「違うよ。用事があるから学校に早く行くのを忘れていただけ。ナナリーのせいじゃないから」

そう言って不安がるナナリーの頭を一度撫で、俺は足早にその部屋から出て行く。
昨夜、涙が枯れるほど泣いていたのに。
目が腫れなかったのは奇跡に近いのだが、今泣いてしまったらその奇跡が無駄になる。

「・・・っ」

思考とは反対に溢れる涙が頬を伝った。
思わず立ち止まった廊下で、今一番会いたくない奴と出会ってしまった。

「良い見ものだな、ルルーシュ」

冷ややかに微笑を宿した女―C.C.が、俺をからかう様にハンカチを差し出してくる。
俺はその手を払い除け、その場を離れようと足を動かし始めた。

「―人間は脆いものだ。そうやって己を追い詰め、壊して行く・・・」

擦れ違い様に呟かれたその言葉が耳障りで仕方なかったが、俺は足を進め洗面所へと向かう。
こんなに見っとも無い姿、誰にも見られたくない。
その一心で向かった洗面所には、とりあえず、誰も居なかった。

「・・・あ」

冷たい水で顔を洗い、少し鼻を啜る。そう言えばタオルを持ってきていなかった。
そんな馬鹿な考えをしたその時、不意に横から「はい」と言う聴き覚えのある声が聴こえる。

「きっと怒られるだろうな、と思ってたんだけど・・・耐えられなくて」

清潔そうな白いタオルを持ったスザクが、少し寂しそうな微笑を浮かべながら、そこに居た。

「・・・!!」

思わず一歩身を引いた俺に苦笑すると、スザクはおもむろに俺の顔を拭き始める。
慌てて俺の顔を拭くスザクの手を払おうと動かした瞬間―スザクに抱きしめられた。

「・・・離れろよ、スザク」

動揺している事が伝わらないように落ち着いた声音でそう言うと、グス、と鼻を啜る音が聴こえる。

「キミみたいに嘘をつけないんだ・・・ごめん」

・・・案外ムカつく奴だな、お前は。
ふう、と一息吐いてから、俺は抱き付くスザクの頭を撫でた。

「まだまだ子供だな、スザクは」

俺たちの日常は崩れたのに違いないのに。
でもスザクは、その日常に甘えるようにして縋り付いている。
・・・いや、俺の方が縋り付いているのだろうな。

「泣き虫・・・」

子ども扱いした仕返しとでも言うように、スザクがポツリと呟く。
お前よりは泣いていないよ、と言い返そうとすると、肩を掴まれ壁際まで押しやられた。

「僕は・・・キミみたいに、割り切れないよ」

スザクの頭が俺の肩に置かれる。
力を込め過ぎて白くなった拳が視界に入り、見ているこっちが痛々しかった。

「・・・昔から変わらないな、お前は。純情で泣き虫で、お人好しで・・・」

自虐的に俺が呟くと、消え入りそうなぐらいの小声で「そんな事無い」とスザクが呟く。

「俺がゼロだって言う事、知ってて今までやって来たんだろう?なら、今まで通りで―」

励ましのつもりで言った言葉が気に障ったらしく、スザクが勢いよく顔を上げ、俺を睨み付けた。

「ルルーシュ、僕は・・・キミと戦っていた自分が許せないんだ・・・」

言う事と行動が合っていないスザクに少し呆れながら、俺はなんとなくスザクの頭を撫で始める。
スザクは一瞬身を強張らせたが、また俺の肩に頭を預けてきた。

「もう泣くなよ、スザク。・・・ほら、もう学校行かないと遅刻するぞ」

ポンポン、と背中を叩いてスザクが頷くのを待ってから、今度は俺がタオルを手渡す。
罪悪感に苛まれ続けるのは、俺だって同じなんだけど。

「スザク・・・今はさ、偽りでも良いから・・・"いつもの俺たち"で居ようよ」

―皆に気付かれてはならない。特に"黒の騎士団"の一員であるカレンには。
顔を洗い、今は濡れた顔をタオルで拭っているスザクの背中に、そう言葉を投げた。
そして先に洗面所を出ようと歩きかけると「待って、ルルーシュ」とスザクに言われ、足を止める。

「な―」

ぐいっと腕を引っ張られ、スザクの方へ倒れ込んだ。

「ルル・・・ごめん」

気付いた時には―スザクの顔が目の前にあった。
温もりを感じる唇が、違和感を感じる前に心地良さを感じる。

「・・・このぐらいで、謝るな」

赤面するスザクを見ていられなくなり、俺は自分も赤くなっているんだろうな・・・と思いながら目を逸らす。
ただ・・・スザクからしてくるなんて、思わなかった。むしろ俺からするんじゃないかと、思っていた。

「スザク・・・もう一回だけ・・・良いか?」

だから、今度は俺から。
―いつからこんな感情が芽生えてたのだろうか、と少し気になったが、今更どうでも良い事。

「うん・・・良いよ、ルル」

スザクの腕が腰に回され、身体を引き寄せられる。
男同士なのに・・・本当に違和感が無いの事が、本当に驚かされてしまう。
そして、スザクって俺よりも大人だったのかな・・・と密かに思っていた。




―慌しく開く扉。
今の時刻は、朝のショートホームルームが始まる少し手前を時計の針が指している。

「あっれー珍しいじゃん!何々?二人ともどうしたのさー」

慌てて教室に入って来たスザクとルルーシュが、リヴァル・カルデモンドと言う少年に声を掛けられた。

「俺が生徒証落として探している時に、丁度スザクが声を掛けて来たから、ついでに」

「な、スザク」と嘘をペラペラと本当に有った出来事の様に、ルルーシュはリヴァルに言う。
慌てて頷くスザクが苦笑いのような微笑を浮かべた。

「そんで生徒証は見つかったのかよー」

探るように2人を見つめるリヴァルに、ルルーシュは完璧な笑顔で

「ああ。自分の机の上に置いていたのをすっかり忘れてただけだったよ」

と言って、通学用鞄から生徒証を出し、リヴァルに見せる。
丁度その時に始まりの予鈴がなり、3人は席に着いた。

「・・・ルルーシュって、やっぱりスゴイや」

ルルーシュの後ろの席だったスザクが呟き、呆れた様な笑みを零す。
意識だけで振り返ったルルーシュが「なにが?」と呟き返し、一度言葉を考えてからスザクが口を開いた。

「なんだろ・・・猫かぶりって言うのかな・・・」

その言葉にルルーシュが苦虫を潰したような表情になったのを、スザクは気配で悟る。

「あんな表情をさせるのって、僕しか居ないと思うし」

調子に乗って色々と呟いて来るスザクに、ルルーシュは心底ギアスを使った事を後悔した。

「でも・・・これが"偽っているキミ"なんだよね」

スザクは机に顔を伏せる。
先生が教室から出て行くのを確認してから、ルルーシュは振り返ってスザクに声を掛けた。

「安心しろ。・・・俺とお前と、ナナリーだけで居る時は、"本当の自分"だ」

元気を出せ、と言うようにスザクの肩に手を置いてから、ルルーシュは鞄から教科書などを取り出す。
スザクも顔を上げ、ルルーシュと同じように授業の準備をし始めた。

「・・・ルルーシュ、今日の1限目って何だっけ」

スザクがそう尋ねると、ルルーシュは少し呆れながら「数学」と一言だけ返す。
その返答に少しムッと来たスザクは、すかさずもう一度質問をした。

「今日って抜き打ちテストとか有るかな」

「別に無いんじゃないか?・・・有っても普通に解けば分かる問題だ」

淡々と返答して行くルルーシュに、スザクは頬を膨らます。
すると笑いを堪えきれなくなったルルーシュが、笑いながらスザクに謝って来た。

「ごめん、ごめん。こんなつもりじゃなかったんだけど・・・つい・・・」

スザクはそんなルルーシュを見て、ふと「本気で笑っているルルーシュを見るのは久々かも」と思う。
・・・なら、別にいいか。

「ねぇ、ルル。朝の続き、今夜にでも」

「何ー何の話ー?」

リヴァルと共に一部始終を見ていたシャーリー・フェネットが、脱線しかけた2人の会話に入ってくる。
予想外の出来事だったのだろう。スザクは驚きを隠せずに居たが、
ルルーシュは完璧ポーカーフェイスで「ああ」とあたかも思い出したように言った。

「生徒証探しのついでに話してたゲームの話の続きだよ。今オンラインゲームにはまっててさ」

「ふーん・・・ルルーシュがねぇ。意外だなー」とリヴァルが言い、ルルーシュとの話題がサラリと流れる。
何処までも嘘が旨いヒトなんだな・・・とスザクは密かに安堵の息を漏らした。

「でも・・・変われないのは、僕だけなのかな」

スザクは窓の外に広がる景色を眺めながら、小さく呟いた。




やはり今日も、戦う時間が来た。
夕空の下で―今日も奴と対峙している。

「スザク・・・悪く思うなよ」

これが今の自分なら、きっと・・・ランスロットに乗るお前も"本当の自分"なんだろう?
今はただ・・・攻撃するしかない。
そうしなければ、俺たちは生きて行けないのだから。

「全軍、我が命令に従え!全力で白い兜を攻撃せよ!」

なぁ、スザク。
もし俺たちがあの時のまま・・・この世界が"日本"のままで有ったら、ずっとあの頃のままで居れたのかな?
でも・・・多分、あの頃のままでは、無かったんだろう。

これが運命なら、俺は―この手で切り開く。
―それが・・・間違いであっても。


「なあ、ルルーシュ。ヒトは哀れな生き物だと思わないか?・・・ま、今のお前には理解出来ないだろうがな」



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