第三章 崩壊−Exstence−
気付いたら、創矢は暗い闇の中を漂っていた。
少し懐かしく思うこの闇の中を、ただ何も考えずに漂っている。
それだけで気分が落ち着く―と創矢は思った。
「落ち着けば落ち着く程・・・自分を見失うぞ」
不意に掛けられた言葉に、創矢は目を見開いた。
半分は自分とそっくりの声、半分はその存在に気付かなかったからだ。
「・・・そうか、気付かなかったのか。僕が"存在していた事"自体・・・知らないのか」
どこか確認するように呟く相手に、創矢は振振り向く。
そして―目を疑った。
「疑うのも当然だろう。僕は―お前だからな」
―自分と同じ顔、同じ姿。同じ・・・疵。
創矢は言葉を失う。同時に、心が読まれている事を理解する。
「・・・僕がお前の心が読めるのは、同じ"存在"だからだよ」
そう言った相手に嫌悪感を覚えていた。
創矢は心を読まれないようにと無心にしていると、逆に読まれてしまう。
「そうだ。僕が・・・一騎の言っていた"総士"―もう一人のお前だよ」
その言葉は、創矢を夢から目覚めさせる最後の言葉となった。
****
「う・・・」
体がだるい、と一騎は思う。
重い瞼を無理矢理押し上げると、白い天井が目に入った。
瞬間的に此処はメディカルルームだと理解する。
「よく分からないの・・・少し考えさせて・・・」
白い布の仕切りが立っている向こう側から、声が聴こえた。
ふたつある影の内のひとつ―困惑や動揺が隠せないその声の主は―千鶴だ。
「・・・創矢の方は・・・まだなんとも言えないんですよね」
もうひとつの長身の影―甲洋が、ソファーに座っている放心状態の創矢を見ながら、千鶴に尋ねる。
「創矢くんは・・・大丈夫、もうすぐ目覚めるはずよ」
―そうか、良かった。
一騎はほっとしながら、再び天井に視線を戻した。
「でも・・・これが同化現象なら・・・彼は・・・一騎くんは―」
二年持ったのは、奇跡なのかな―。
少しの絶望と妙な安堵感の中で、一騎は目を閉じる。
暗い闇の中に身を沈めようとした時、ふと呼び止められたような気がした。
「一騎、一騎」
今度ははっきりと、幼い少女の声で呼ばれる。
暗い闇の中で、ひとりの押幼い少女の赤い幻影が目の前に浮かび上がった。
「瑞・・・祈・・・?」
本気で驚く一騎に、幼い少女―瑞祈はこくりと頷く。
「こうやって話すのは初めてだね。私はずっと呼びかけてたんだけど」
瑞祈はニコリと笑って、一騎の周りをぐるりと一周した。
「中々気付いて貰えなかったから、少し寂しかったんだよ?」
「今は寂しく無いけどね」と瑞祈は言って、一騎の額に手を伸ばす。
指先が触れるか触れないかぐらいの所で伸ばすのを止め、真剣な面持ちになった。
「私のお願い・・・聴いてくれる?」
一騎は質問の内容が分からないまま、頭を縦に降る。
「お願い、お兄ちゃんを・・・助けてあげて・・・!」
「え―!?」
一瞬、瑞祈は悲しい表情をして一騎を見つめ、そして指先を額へと伸ばした。
すると、指先が―一騎の中へゆっくりと"入って"行った。
「―っ!!」
何か膨大な"知識"と"感情"が一騎の中へと流れ込んで行く。
その衝撃で、一騎の頭の中は真っ白になった。
****
―人知れず、言葉を思い出した。
『あなたは、そこにいますか』
自分の呼ぶ声が頭の中を木霊する。
意味も無く、"ここから出たい"と言う衝動が起きる。
『・・・さあ、お出でなさい。あなたを元の世界へと還らせてあげる』
なんで?―と誰かに訊いた。
『ここがあなたの居るべき世界じゃないから。―お出でなさい、すぐ此処からお出でなさい』
―違う、私はこの世界に居るんだ!この世界以外に"還る場所"なんて・・・無いわよ!
誰も居ないこの場所で、ただ聴こえてくる声に、抵抗している。
それが―まだ存在していると言う証拠。
『―思いなさい、望みなさい。"此処から出たい"と』
―ここから・・・出たい?
その言葉を強く思う程、自分の事が分からなくなっていく。
ただ思うのは・・・―
『還りたい』
誰かの声と、自分の声が重なった。
暗い闇へと自分の身体が沈んでいくのが、嫌と言うほど分かった。
―あの光を探そう。導いてくれた、あの光を。
知らず知らずに、見えない天井に手を伸ばす。
―あの元へ還ろう。
そう思う自分の心は・・・誰の心?
意識が明確に、でも混濁している中で。
ただ一つの場所を・・・彼女は目指していた。
****
―俺は・・・ここに存在していなかった・・・?
夢の中で現れた"もうひとりの自分"が言った言葉に、創矢は恐怖していた。
自分の記憶が無いのは、その存在が居たからかも知れないと、不安になっているからだ。
「ああ、創矢。起きたのか?」
突然掛けられた声に驚きながらも、創矢はベットで眠る一騎の少し冷たい手を握る。
ベットを挟んで向こう側に居る見覚えの有る少年―甲洋は、微笑みを浮かべていた。
「"向こう側"で会ったよな。お前は覚えてないと思うけど」
―また"もうひとりの俺の話か。
そんな事を思いながら、創矢目を伏せる。
甲洋は色白い一騎の頬にすっと手を伸ばした。
「・・・一騎はちゃんと、お前を見分けてる。お前と"もうひとりのお前"を」
自分の心を見透かしたような発言に、創矢は驚いて甲洋を見る。
その視線を受け止めて「創矢の顔に書いてる」と甲洋は笑った。
「あの時、ちゃんと分けたんだ・・・一騎は。お前がここに存在しているから」
「え・・・?」
創矢は、本気で驚く。
"存在"している―。
その言葉をどんなに創矢が望んでいたのかを、甲洋は知っていた。
「だから・・・信じてやれよ」
意味深な言葉を残し、甲洋は創矢達に背を向ける。
そして―消えた。
「・・・そ・・・し・・・?」
甲洋が消えたのと同時に手を握っている相手の口から、掠れた声で"多分"自分の名を呼ぶ声が聴こえる。
慌てて一騎を見ると、不思議なくらいの安堵感が生まれた。
「・・・大丈夫か?」
自然と笑みが宿る。
目を覚ました一騎に対して、泣きたいほどの"嬉しさ"が心に湧き上がるのを創矢は感じた。
「お前こそ・・・何も無くて良かった・・・」
ニコリと微笑んだ一騎を見て、涙が溢れ出す。
創矢の瞳から零れ出した涙を見ながら、一騎は再度"創矢"の名を呼んだ。
―創矢が此処に存在している事を、確かめるように。
「創矢・・・お前は・・・そこに居るんだ」
「・・・っ!」
―俺は、ここに居る。
声にならない嗚咽が漏れる。
流れる涙の意味が良く分からないまま、創矢は泣いていた。
「ずっと・・・苦しかったんだろ・・・お前・・・。誰かに・・・気付いてもらえなくて・・・」
そう言って、一騎はゆっくりと身を起こす。
少し眩暈がするが、そんな事は気にしていなかった。
「お前はお前だ・・・他にお前の代わりなんて、誰も居ない・・・」
泣きじゃくる創矢の頬に手を添えながら、一騎は微笑む。
「お前は・・・創矢は・・・ちゃんと、ここに居る。お前自身が忘れそうになっても・・・俺がちゃんと憶えてるから・・・」
―心の底から、生きる事に喜びを感じたのは・・・初めてだ。
頬に流れ伝う涙の熱さと、一騎の掌の温かさを感じながら、創矢は一騎の名を呼んだ。
「一騎・・・ありがとう・・・」
その言葉を言った途端―全身から力が抜け、視界が暗転する。
創矢は、そのまましゃがむ様にして床に倒れた。
「―創矢!?」
微動だにしない創矢に不安を感じて、一騎はベッドから降りて創矢の傍に腰を下ろす。
創矢は―気を失っていた。
「創矢、創矢!」
体を揺すって呼びかけるが、起きる様子も無い。
一騎は、ただ嫌な予感を感じていた。
先ほどから、脳裏に浮かぶ―黄金の輝き。
それが再び島に来るのではないか、と言う予感。
また自分は・・・戦わなければならない。
一体・・・誰のために?
「一騎!!」
そう思考を巡らせていると、剣司が部屋に入って来た。
息を切らしている。―何かあったのだろうか。
「どうしたんだよ・・・一体・・・」
「咲良が・・・咲良が、居ねぇんだ!!」
決死の表情で叫んだ剣司に、一騎が驚く暇も無く、メディカルルーム内にサイレンが鳴り響いた。
―いや、アルヴィス全体になのかも知れない。
「剣司・・・俺はCDCに行って、父さんに咲良の事伝えてくる。だから、創矢を・・・頼む」
―本当は、創矢の傍に居たい。
そう思いつつも、咲良の事とサイレンの音の事についての詳細を知るために、一騎は部屋を出る。
サイレンの音―。
再び始まる、戦いの余興でしかない事を、一騎は"知っていた"。
****
CDC内に緊張が走った。
「ソロモンの予言です!北東2時の方向に熱量を感知!」
「偽装鏡面解除!磁力シールド展開だ!急げ!」
「島全体を第一次警戒態勢に移行します!」
なぜなんだ―と史彦は思う。
滅びたはずの"フェストゥム"が、どうしてまた島に―。
「父さん!どう言う事!?」
慌しいCDC内に一騎の声が響く。
史彦は眉間に皺を寄せて、溜息を吐いた。
「まだ寝てろと言われただろう。こっちは父さんたちに任せて―」
「―指令!フェストゥムが出現しました!モニターに映します!」
一騎と史彦はモニターを見る。
CDC内に居る人々、或いはアルヴィス内に居る人々もモニターに注目した。
そして―絶句した。
モニターに映ったのは"黄金"の存在では無く、赤色をした存在と青色をした存在、
そして―ひとりの少女だったからだ。
「母さんと甲洋・・・!?それに・・・なんで咲良が!?」
青色の存在―甲洋の掌に立っている咲良は、虚ろな目をしている。
まるで遠い世界を見つめるように、その瞳は島を見ていた。
「―覚醒・・・したんだ」
モニターを見入っていた2人の背後の扉から、気を失っていたはずの創矢が現われる。
一騎が慌ててうしろに振り返ると、決意と威光に満ちた瞳でこちらを見る創矢が居た。
「彼女は―要 咲良は、自分が"何であるか"を選ぼうとしているんだ!」
それが本当なのかどうかを確認する前に、一騎は"今居る"創矢に驚く。
今居る"創矢"は"創矢"では無く、"総士"であるからだ。
「フェストゥム側と人間側の境で迷う―迷子の様なものだよ、一騎」
不意に微笑まれ、一騎はただ呆然と総士を見つめていた。
「これは一歩間違えれば、取り返しの付かない事になります!
あまり彼女達に刺激を与えず、彼女達に従って下さい!」
総士が声を張り上げて叫ぶと、CDC内は次々と防衛システムや戦闘機器を解除していく声が響く。
そして一騎に向き直り、総士は一騎の手を握った。
「一騎、話は後だ。まずは咲良を"導こう"。指令、格納庫に行きます」
「・・・ああ。一騎を頼んだぞ、総士くん」
―格納庫。
二年振りに聴く言葉に、一騎は背筋に悪寒が走るのを感じる。
総士が握っている手が徐々に汗ばんでくる。
「・・・不安か?」
急に立ち止まった総士から言われた言葉に、一騎は思わず総士の顔を直視した。
「そうだよな。不安じゃない筈・・・無いよな」
総士は自嘲の様な微笑みを浮かべている。
汗ばんだ手で思いっきり総士の手を握っている事に気付き、一騎は慌ててその手を放した。
「不安なんかじゃ・・・無いよ。ただ・・・俺・・・またお前に助けられるんだなって」
込み上がって来る不安と焦燥、緊張感に苛まれながら、一騎は呟く。
「お前がせっかく帰って来れたって言うのに、俺・・・総士ばっかりに負担掛けすぎだよ・・・!」
―総士の前では涙を流したく無かった。
そんな思いを他所に溢れてきた涙を抑える事が出来ず、一騎は泣き出してしまう。
「・・・ごめん。お前の方が辛いのにな・・・なんで俺ばっかり・・・、いつも・・・」
顔を伏せ涙を拭う一騎に、総士は優しく微笑み、一騎の手を握った。
「一騎・・・この身体は、僕の身体じゃないんだ」
はっと顔を上げる一騎に、総士は再び自嘲的な笑みを浮かべる。
そのまま相手に諭すような言い方で、続きを紡いだ。
「これは僕の身体で無くて、創矢の身体。・・・そう言えばお前も理解出来るだろ?」
「―じゃあ、お前・・・!」
一騎の表情が、悲しみで歪む。
そんな一騎に背を向けた総士は、何処か吹っ切るように明るく言った。
「―憶えてるか?あの時の事」
「え?」と拍子の抜けた声を上げた一騎に、総士は苦笑する。
「約束、だよ。一騎・・・僕はここに居る、一騎」
一騎は、再び泣きそうになった。
「―お前はこのまま格納庫に行って、ファフナーに乗るんだ」
「総士は?」
「海岸へ行って、咲良を"導いて"来る。僕の二年間を・・・無駄にしたく無いからな」
そう言って総士は歩き出す。
一騎も決意を込めた瞳で総士を見つめ、その背中に言葉を投げた。
「必ず・・・帰って来いよ」
NEXT.......