第二章 面影−Diffrent pearson−




「陵・・・?そんな名前・・・聴いた事無いわよ」

アルヴィス内にあるメディカルルームで、真矢と姉の弓子が話をしていた。
どうやら、陵と名乗った少年が身体検査を受けているらしい。

「私も聴いた事なくて・・・。でも本人はそう言ってるし・・・一騎くんだって・・・」

真矢が今にも泣きそうな表情をして言った。

「・・・そう言えば、一騎くんは?」

間を置いてさり気なく訊いて来た弓子に、真矢は少し不安気に答える。

「家に・・・帰っちゃった」

弓子は「そっか」とそれだけを返して、後はなにも訊ねて来なかった。
本当は「なんで?」や「どうして行かないの?」など訊ねたいのかも知れない。
だが、真矢にとっては訊ねて欲しいことでは無かったから、幸いだった。

「あのね、お姉ちゃん・・・。私・・・あんなに辛そうな一騎くん・・・初めて見たよ」

真矢の瞳から涙が溢れ出る。

「だから、私・・・何も言えなくなって・・・声・・・掛けれなかった」

そう言って、真矢は泣き出した。
弓子は真矢の頭をそっと撫で、背中をぽんぽんと軽く叩く。

「皆城くんの存在は一騎くんの中ではとても大きいもの・・・。でも大丈夫よ」

「それぐらい真矢の存在も大きいはずよ」と弓子は微笑んだ。

「ありがと・・・お姉ちゃん・・・」

真矢は弓子の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。


* * * *


「陵・・・創矢くんね」

真矢の母・千鶴と、一騎の父・史彦が、陵 創矢と名乗る少年に色々と質問をしていた。

「そう・・・瑞祈ちゃんのお兄さんなのね」

千鶴はコンピューターの画面を見ながら、史彦はカルテを見ながら、創矢と話をしている。
創矢は少し不安げに言葉を発していた。

「俺・・・ここに来る前の記憶が無いんです」

そう言って目を伏せる創矢に、すかさず史彦は「その左目の疵の事は覚えているか?」と訊ねる。
創矢は少し嫌な顔をして、その質問に答えた。

「・・・思い出せないけど・・・何か・・・すごく大事な疵です」

創矢はそれを言って、口を閉じる。
千鶴はそんな創矢を見て、史彦に向かいこくりと頷いた。

「創矢くん、あなたは今日からこの「アルヴィス」にある部屋に住んでもらうわ」

「え?」と戸惑う創矢に微笑みながら、千鶴は真矢を呼ぶ。

「じゃあ、真矢。あとよろしくね」

真矢はこくりと頷き、メディカルルームを出る。
創矢も真矢の後に続き、部屋を出た。

「・・・彼・・・本当に皆城総士なのでしょうか」

ふぅ、と息を吐いて千鶴は呟く。
史彦は額を手で押さえ、深く溜息を吐いた。

「島民コードは識別不可能。だが・・・因子はある」

創矢の診察カルテを見ながら、史彦は言う。

「でも・・・嫌な名前ですね」

真矢達を見送って部屋に入って来るなりそう言った弓子に対し、史彦は同意した。

「陵は・・・“天の子の墓”と言う意味がある」

そこに居る三人は、どうしようもない悲しみさに引き込まれる。
史彦は少し間を置いてから、カルテを千鶴に渡した。

「遠見先生、もう少し・・・データの解析をお願いします。私は・・・一度に帰りますので」

「失礼します」と言って、史彦は部屋を後にする。
千鶴と弓子は出て行く史彦の背中を、不安げに見送った。


* * * *


暗い暗い闇の中。
もしかしたら、これは自分の闇の中なのかも知れない、と総士は思う。

今だに残る―あの頃の思考や感じたもの。
そんな事を考えている時、背後から自分の名を呼ぶ友の声が聴こえた。

「一騎・・・」

自分を受け入れてくれた、もっとも大切な友人の名を呼ぶ。
総士の中で彼の存在はとても大きかった。

「総士・・・俺・・・もう1人のお前と逢った」

少し不安げに、それでも真剣な眼差しで見て来る一騎に、総士は胸が痛む。
そして、総士は一騎に、ただ一言「すまない」と謝った。

「一騎・・・また僕はあの時と同じ過ちを犯すかもしれない」

ぎゅっと拳を握り締める総士に、一騎は優しく微笑む。

「大丈夫。今度は俺―逃げないから。お前を・・・傷つけたりしないから」

二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、一騎は誓いを決め言った。
あの時と同じように、お前を傷つけたりしない。そう思いながら。

「・・・そうだ。お前・・・もう1人の僕に何か言われなかったか?」

心配そうに訊いて来る総士に、一騎は「大丈夫だよ」と答えた。

「別になにも言われなかった。けど・・・嫌われたっぽい」

自嘲気味に言った一騎に、総士は、む、と口ごもる。
そして「そうか・・・」と呟いて、少し俯いた。

「・・・なんかさ、もう1人の総士を見ていると・・・幼い頃を思い出してさ」

「幼い頃?」と疑問を浮かべる総士に、一騎はこくりと頷く。

「俺達がまだ何も知らなくて、無邪気に遊んでた頃だよ」

懐かしい思い出に、総士はクスリと笑った。

「お前・・・よく泣いていたよな。今も泣き虫だけど」

クスクスと笑い続けている総士に、「う・・・」と一騎はたじろぐ。

「総士は・・・結構寂しがりやだったぞ」

むすっとしながら言う一騎を見て、総士は少し寂しそうな表情を浮かべた。

「僕は―父さんがほとんど家に居なくて、1人だったから・・・いつもお前の側に居た」

総士の父親は島の代表でもあり、アルヴィスの指令官だった。
なので、家を空ける時間が多かったのである。

「今も・・・寂しがりやかも知れないな」

そう言って、総士は苦笑を浮かべた。
一騎はただ総士を見ている事しか出来なかった。


* * * *


創矢を部屋まで案内した後、真矢はとある部屋に来ていた。
そこには―同化現象が進んでしまった咲良が眠る部屋だった。

『ふーん・・・総士と瓜二つの・・・ってか同一人物ねぇ・・・』

咲良の眠る筒状の長細いカプセルから伸びる、複数のコード。
そのコードの先には、モニターとスピーカーがあった。
―そう。
このコードは、咲良とモニターを繋ぎ合わせ、
咲良の意識をモニターの本体部分に移動させるためのコードなのだ。
だから、咲良と会話が、出来る。

「一騎くんも・・・「本人が言うならそうだ」って・・・言ったままで・・・」

「私・・・どうしたら良いか・・・分かんなくて」と不安げに言う真矢に、咲良は優しく微笑む。

『あんたが落ち込んでどうすんのよ。一番不安がってるのは・・・一騎の方じゃない?』

微笑みとは裏腹に発せられた言葉だが、これは彼女なりの優しさである。
それを知っている真矢はこくりと頷き、微笑んだ。

「・・・そうだよね。私が・・・頑張らなきゃ」

小さく誓ったその決意は、心の奥に沈み、暖かくしてくれる。
真矢は、少しだけ気が楽になった気がする、と思った。

『それにさ、もう1人の総士に関する謎は・・・あんたの母さんが解いてくれるよ』

「え?」ときょとんとする真矢に、咲良は少し眉間に皺を寄せる。

『私を会話出来るようにしてくれたのは、あんたの母さんじゃないか』

真矢は慌てて納得した。
その姿を見て可笑しそうに微笑んだ後、咲良はふと不安げな表情になる。

『私もさ・・・甲洋みたいにマスター型のフェストゥムになれたら良いなって・・・思うんだ』

体が結晶化して、動かなくなって。
だんだん―自分が何なのか分からなくなった。
でもさ、やっぱり「死にたくない」って・・・思うの。
まわりの人達も忘れて行って、剣司や衛やあんた達の事、そして―父さんや母さんの事。
大切な人達の事を忘れてしまう前に―「死にたくない」って・・・思った。
これで思うのは二度目。でも、これはちょっと違う。
ファフナーに乗って死ぬより・・・同化現象で死ぬ方が、よっぽど悲しくて、辛い。
もう一度、生きて、話が出来るなら、たとえフェストゥムでも・・・良いと思ったの。

『私さ・・・自分でもよく分からないくらい・・・変わっちゃった』

少し寂しげに笑う咲良。
真矢は、ただ黙って聴く事しか出来なかった。

『自分自身が変わったのは・・・また「生まれた」からだと思う』

咲良は最愛の父を殺したフェストゥムに復讐を誓い、ファフナーに乗った。
だが、今は、マスター型のフェストゥムに生まれ変り、再び大切な人達に会いたいと願っている。


* * * *


かたかたと回り、上に盛られた土を回す、ろくろ。
上に盛られた土は、一騎の手によって綺麗な円を描いていた。

「あの少年は・・・総士くんなのか?」

背中に投げられた父の言葉が、酷く痛む。
それと同時に歪む、円。

「・・・土は正直でな。己の心の迷いをすぐに現してしまう」

回っているろくろが止まった。
同時に溢れ出す、涙。

「あいつは総士だ。だけど・・・違う・・・っ」

苦しそうに呟く一騎の背中を、史彦はトントンと軽く叩く。

「苦しかったら泣いても良いんだ・・・一騎」

優しく呟かれたその言葉に、今まで堪えてきた感情がどっと溢れ出した。


その日、一騎は父の胸で大声で泣いた。
まだ幼い頃の、まだ無邪気で世界を知らずに過ごしていた頃のように。
心の奥に溜まった苦痛を洗い流すかのように。
ただ―泣いていた。



* * * *


「俺・・・はどうしたら良いのか分かる?瑞祈・・・」

自分に与えられた部屋にあるベットに座り、創矢は深く考え込んでいた。
そんな創矢の側に現れる、幼い少女の幻影。

「お兄ちゃんは・・・お兄ちゃんのままで良いんだよ」

少女は優しく微笑み、すい、と創矢の目前へ移動した。

「俺は・・・俺のまま・・・?どう言う意味だ、瑞祈・・・」

苦い思いが込められている質問に「それはね・・・」と瑞祈は答える。

「もうすぐ分かるよ・・・。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだもん・・・」

にこりと笑って、瑞祈の幻影は、消えた。
それと同時に創矢の部屋の扉が開き、赤い髪の少女が入ってくる。

「ノックもしないですまない。お前が―陵 創矢なんだな?」

「そうですけど・・・何か用ですか?」

入って来るなりそう訊かれ、創矢はムッとした表情で答えた。
赤い髪の少女は苦笑いをする。

「私の名前は、カノン。カノン・メンフィスだ。お前と・・・その―話がしたい」

「良いか?」と訊かれ、創矢は数秒考えた後、部屋にあるソファーに座るように進めた。

「それで・・・話って何です?」

相変わらず不機嫌面の創矢に少々戸惑いつつも、カノンは話し始める。

「お前は・・・フェストゥムを知ってるか?」

「・・・人間から受胎能力を奪った、宇宙からの侵略者」

「じゃあ・・・ファフナーは?」

「・・・俺を・・・からかっているのか?」

怒りをあらわにする創矢に、カノンは「違う!」と慌てて否定した。

「そんなつもりは無い!ただ―」

カノンはぎゅっと拳を握りも不安げに創矢を見る。
だが、そのカノンの眼差しを、創矢は思い切り睨み返した。

「俺はそんな事ぐらい分かってます。・・・記憶が無くても」

そう言って、創矢は自分の部屋から出て行く。
カノンは、ふっと息を吐いて、胸ポケットに入っていた小型マイクに話しかけた。

「申し訳ありません。失敗しました。―はい、了解」

ただそれだけ言って、カノンは創矢の部屋を後にする。
そして―創矢が歩いて行った通路を辿り、歩いていった。

「そんな事ぐらい・・・か」

ポツリと呟いたその言葉は、小さく音の粒となって、消えた。


* * * *


ひとり山の山頂で、一騎は1人・・・景色を見ていた。
そよそよと吹く風がも今までの気分を綺麗に消してくれるような、心地良さ。

「・・・お前も・・・居たのか」

舌打ち混じりで呟かれた言葉が、一騎の耳に届く。
知っている友人では無い冷たく印象付ける声の響きは、ちくちくと胸に刺さった。

「さっきは・・・勘違いして・・・悪かった。・・・ごめん」

一騎は少し苦しそうに言葉を紡ぐ。
瞳から一粒の涙が零れ、頬を伝った。

「・・・別に気にして、無い」

予想していた事とまったく逆の事を言った創矢に、一騎は少し驚く。
そして、一騎はニコリと微笑んだ。

「・・・うん。だけど・・・ごめん」

創矢は、先程から痛んでいた左目の疵が痛みを増している事に気付く。
なんだろう、と思ったその時―激痛に変わった。

「―っ!」

左目を手で押さえ、膝を折ってその場に崩れ込んでしまう。

「―創矢!?」

一騎は慌てて駆け寄ろうとした、その時だった。
あの時の光景が―一騎の中でよみがえった。

「うっ・・・あ、ああ・・・」

創矢の左目から溢れ出る血が、指の隙間から、手の平の隙間から流れ、地面にポタポタと落ちる。
苦しむ創矢の肩に触れようとする一騎の手が、がたがたと震えた。

「創、矢・・・」

自分の名が呟かれた事に気付き、左目を押さえていた手を離し、一騎を見る。
左目の疵から溢れ出している血が、血の涙のように頬を流れていた。

「―」

一騎もその場に膝を折って崩れ込み、必死に口を押さえる。
しかし、前屈みになって―血を吐いた。

「一騎、創矢っ!!」

そんな2人を見ていられず、カノンは茂みから飛び出し、2人に駆け寄る。
耳に付けたイヤホンから「どうした!?何が起こったんだ!?」と聴こえた。

「分かりません!でも―取り合えず救援頼みます!」

カノンは苦しそうにうずくまる2人に声を掛け、「意識を保て」と言う。

「カノン・・・俺は良いから・・・創矢を・・・っ」

そう言って、一騎は再び血を吐いた。
―何かがおかしい。体から・・・何かが出たがってる。

「・・・総士ぃ・・・」

瞳から涙が溢れ、ぽろぽろと頬を伝う。
―苦しい。息が出来ない。カノンの声が遠のいていく・・・。

「一騎・・・一騎!?」


意識が消える前、一瞬総士の声が聴こえた。
気のせいかな―・・・



* * * *


竜宮島の上空。
1人の少年と1人の女性が、話をしていた。

「我々は再び彼に問わなければならない」

「それは貴女の勝手だ。俺たち―いや、一騎には必要ない」

冷たく淡々と言い放つ女性に向かって、少年―春日井甲洋は反発する。
しかし、女性は表情を変えずに、考えを言った。

「真壁一騎は、また迷っている。だから、我々は再び問うのだ」

「一騎は貴女の子供じゃないのか?なら、どうしてまたあの元へ導く?」

不満げに言う甲洋に、女性は眉間に皺を寄せる。

「私は私であって、彼の母親では無い。だから、問わねばならんのだ」

女性の表情が少し悲しみを帯びた、と甲洋は思った。

「・・・貴女なりに心配しているんだね。なら―俺も協力する」

そう言って、甲洋は優しく微笑んだ。
しかし、ふと真剣な表情で、女性の事を見詰めた。

「―けど、彼に無理をさせない事を約束してくれ」

「それは承知の上だ」

女性がそう言うと、甲洋はすっと姿を消した。

「・・・もう1人の存在と、もう1人の“仲間”にも・・・問わねばならんのだがな」

女性は少し苦い表情をして、その場から消えた。





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