第一章 『手紙−Memories−』
いつもと変わらぬこの「竜宮島」の景色を、初めて「綺麗だな」と思ったこの日。
この日は丁度―島が「楽園」から「戦場」に変わった・・・運命の日だった。
「ね・・・一騎くん」
竜宮島が一望出来る「ひとり山」の一つのベンチに、一騎と呼ばれた少年と一人の少女が座っていた。
「なんだ・・・遠見・・・」
遠見と呼ばれた少女―遠見真矢は、はるか彼方にある水平線を見詰めながら、悲しみの宿る微笑みを浮かべている。
「もう・・・2年になるんだね」
「ああ・・・」
一騎と呼ばれた少年―真壁一騎も、真矢と同じように水平線を見詰めていた。
「あの時は『これからどうなるんだろう』って・・・すごい不安だったけど、今は・・・毎日生きてるって事が・・・嬉しくって」
「えへへ」と真矢は笑う。
しかし、またすぐに―暗い表情に戻ってしまった。
「翔子も、春日井くんも、小楯くんも・・・皆城くんも―皆・・・今の竜宮島を見る事が出来なくなったんだよね・・・」
そう言ってうつむく真矢を、一騎が「それは違う!」と言い、真矢の言った事を否定する。
「翔子も、甲洋も、衛も、総士も、皆―何処かで絶対この島の事を見てる」
急に大声を出した一騎を、少し驚きながら見ている真矢に向かって、一騎は少し悪戯っぽく微笑みながら見た。
「それに―甲洋と総士は生きてるよ」
真矢は苦笑しながら一騎に「ごめんね」と謝った。
「そうだよね・・・。私たちが忘れない限り・・・翔子たちはこの島を―私たちの事を見守ってくれてる」
そう言って真矢も笑う。
羽佐間翔子、春日井甲洋、小楯衛、皆城総士―。
彼女たちは、何よりも大切な・・・失いたくない友人だった。
しかし・・・2年前に起こった―それ以上前から起こっていた、謎の生命体「フェストゥム」との戦闘によって、失われた友人たち。
だが、春日井甲洋と皆城総士に関しては・・・まだ「生きている」と言う確信があった。
「俺も・・・まだはっきりと見える訳じゃないんだ・・・」
一騎はただ水平線を見詰めている。
1本の線が―空と海の境界線なのに―2重も3重にも重なって見えていた。
「ごめんね・・・一騎くん・・・。私―」
その先を言おうとした真矢の手を、何か暖かいもので包まれる感覚が走る。
暖かいものとは―一騎の手だった。
「謝るのは俺の方だよ。いつも・・・遠見に迷惑ばかりかけてるから―」
何も映っていない・・・一騎の赤い瞳に、真矢は少し戸惑う。
その瞳が一瞬悲しみに歪んだが、真矢は気づかなかった。
「―ね、ねぇ、一騎くんっ!もっもうすぐ・・・えと、あっその・・・検査の時間じゃない!?」
あたふたと慌てる真矢を一騎は不思議に思いつつも、ベンチから立ち上がる。
「・・・えっと・・・扉・・・扉・・・」
キョロキョロと辺りを見回す一騎の手を真矢が握った。
一騎の目が一瞬驚きで見開かれるが、すぐに元の表に戻る。
「こっちだよ、一騎くん」
そう言って、一騎の手を引きながら地下にある「メディカルルーム」へ向かうべく、地下へ続く階段の入口へ向かった。
* * * *
竜宮島の原動力―「アルヴィス」の最深部に続く階段に、2人の少女が話をしながら降りていた。
「―ね、今日は話しかけてくれるかな?」と髪を左右に分けてみつ編みをしている少女が言う。
「話って・・・それはまだ無理だよ、里奈ちゃん」と苦笑しながら、もう一人の少女が言った。
「だって、可愛いーんだもん」
里奈と呼ばれた少女―西尾里奈が、満面の笑みで横にいる少女―立上芹に向かって言った。
「それと話をするって事は、全然関係無いよ・・・里奈ちゃん・・・」
半ば呆れながら言う里奈の話をまるで無視しているかのように、里奈は芹に話しかけてくる。
「乙姫ちゃんには負けるけど・・・でも可愛い!」
里奈はにっこりと笑顔を浮かべ、しかも鼻歌混じり階段を降りて行った。
こんな光景は、この階段の先にある部屋に行った時から続いている。
そして、芹は大きく溜息を吐いた。
「芹ちゃーん、早く早くーっ!」
一足先に着き、里奈は大声でまだ階段を降りている芹を呼ぶ。
芹は「彼女の女好きは元々か・・・」と思いながら、駆け足で階段を降りた。
「―さ、行くよ、芹ちゃん!」
すでに開いている扉の事など何も気にせずに、づかづかと入って行く里奈を芹は慌てて止める。
「ちょっと里奈ちゃん!なんかおかしいよ!・・・なんで扉が開いてるんだろ・・・」
そう言って、芹は訝しげに扉を見上げた。
「そう言えばそうだね。―あれ?中に誰か居るみたいだよ?」
「ほら、あそこ。「ワルキューレの岩戸」のすぐ近く」と言って、里奈は指を指した。
その指の先には―1人の少年が居た。
少年は、近づく里奈たちを気にせずに、ずっと「ワルキューレの岩戸」を見ている。
「・・・あの・・・君・・・誰?」
恐る恐る芹は少年に声をかけた。
すると、少年がゆっくりと里奈たちの方へ振り向く。
「・・・・嘘」
周りの音が聴こえないような、沈黙。
里奈は小さく呟き、隣に居た芹も驚きを隠せなかった。
少年の瞳がゆっくりと開き、目の前に居る里奈たちを映す。
「・・・あの・・・あなたは・・・―っ!」
その時、強い風が部屋の中に吹き込み、里奈たちは小さく悲鳴を上げた。
「・・・何なのよ・・・もう・・・」
里奈は風によって乱れた衣服を整え、隣で跪いている芹に手を差し伸べる。
「大丈夫、芹ちゃん・・・」
「ごめん、ありがとう」と芹は、里奈の手を借りて立ち上がった。
そして、少年の居る「ワルキューレの岩戸」の前へと視線を移す。
「あれ?あの人が・・・居ない」
さっきまで居たはずの少年の姿が無い事に、芹は疑問を持った。
里奈は瞳を輝かせながら、「ワルキューレの岩戸」の中に浮かんでいる幼い子供の姿を見ている。
「あの人って・・・やっぱり―」
そう呟いた芹の頭の中に、舌足らずの幼い子供の声が響いた。
「え」と芹は「ワルキューレの岩戸」の方へ振り向くと、里奈も驚いた様子で岩戸の中に居る子供を見ている。
・・・そんな中、もう一度その声が響く。
「あなたは・・・だれ?」と。
* * * *
一騎と真矢は、一騎の同化現象の検査のために「アルヴィス」内にある「メディカルルーム」に来ていた。
「・・・へぇ〜。もう少し進んでるんじゃないのぉ?ほら・・・ほらほら」
真矢は一騎を待っている間、姉の弓子と話をしていて、今は弓子に肘で小突かれている。
「お姉ちゃん、1年や2年でそんなに変わるもんじゃないって。もぉ」
むすっとする真矢に、弓子は「2人とも駄目ねぇ」と残念そうに肩を竦めて見せた。
「・・・一騎くん・・・皆城くんの事もあって・・・最近になって、やっとあんな風に笑ってくれるようになったんだ・・・」
そう言って、真矢は一騎の方に視線を移す。
そこには、心から笑う、一騎の姿があった。
「そうねぇ・・・。真矢ぁ・・・皆城くんは結構手強いかもよ?」
片目を瞑りながら悪戯っぽく笑いながら言った弓子に、思わず真矢は声を荒げてしまう。
「なにそれ、お姉ちゃん!それって、一騎くんが皆城くんの事を―」
「俺と総士がどうかしたのか?」
一騎が不思議そうに訊いてきたので、真矢は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「もう検査終わったのね。結果、どうだった?」と弓子はのんきに一騎に訊ねているので、真矢は思い切り弓子を睨む。
「もうすぐ、しっかりとでは無いけど・・・段々回復して行くみたいです」
「総士が帰って来るまでには、きっと治るよ」と一騎に笑顔で言われ、真矢の胸の中で複雑な感情が芽生えた。
「あら・・・本当みたいね・・・」と弓子は呟く。
そんな2人を、一騎は不思議そうに見ていた。
「―真壁指令!一体どうなされたんですか!?」
真矢と弓子の母―遠見千鶴の慌てた声が聴こえ、一騎たちは慌てて入口の方を見る。
そこには、一騎の父―真壁史彦の姿があった。
「一騎、一騎は居ますか?」
いつもに無く慌てている様子に、一騎たちは「何事だろう」と思う。
「どうしたんだよ、父さん」
そう言って、真矢に連れられ姿を見せた一騎の手を掴み、
「真矢くん、いつもすまないね。ありがとう」と一礼して、史彦は早々と退出して行った。
「ちょ、ちょっと!真壁のおじ様!?」
弓子が慌てて部屋を飛び出したが、もう2人の姿は廊下のずっと先に消えていた。
「どうしたのかしら・・・」と呟く千鶴の背中を、弓子が部屋の外へ押しやる。
「母さんは、もう診療所へ帰る時間よ?ここは真矢と私に任せて」
弓子の発言に異議を唱える真矢を無視して、弓子はぐいぐいと千鶴の背中を押した。
「・・・そう?わかった、帰るわ。後、よろしくね」
千鶴はひらひらと弓子に手を振り、メディカルルームを後にする。
手を振り返しながら、ふぅ、と弓子は一息吐いた。
「・・・お姉ちゃん・・・一騎くん、どうしたのかな」
部屋に入るなりそう真矢に言われ、弓子は「うーん」と考える。
「ね・・・真矢。一騎くんたち、追いかけてみない?」
そう言って、弓子は真矢の返事を聴かずに、真矢の手を引いて部屋を出た。
* * * *
「―どこ行くんだよ、父さん!」
一騎は何も言わずに走り出した史彦に、半ば呆然と連れられて走っていた。
「その事は―着いてからの方が理解しやすい」
史彦は「意味不明」と言う表情をしている一騎に向かい、そう言う。
しかし、史彦自身も慌てているので、自分が何を言ったか分からなかった。
「とにかく―この部屋に入れば良い」
そう言って連れて来られたのは―総士の部屋。
「・・・総士の部屋・・・!?」
白色の金属質の壁に手を付きながら、一騎は総士の部屋に入った。
今までと何も変わっていない部屋。
この部屋に少し懐かしみを覚えながら、一騎はぼんやりとした視界で部屋を見渡す。
途中で、濃い茶色の緩く波打った髪が入ったので、一騎は、はっとした。
「―甲洋!?」
一騎がそう言うと、甲洋と言われた背の高い少年―春日井甲洋が、ゆっくりと腰掛けていたイスから立ち上がった。
「そうだよ・・・一騎。久しぶりだな」
甲洋は、一騎の手を両手で包み込むようにして握る。
「甲洋・・・はそこに居る・・・よな?」
そう言った一騎の表情は―どこか怯えている様に見えた。
甲洋は柔らかい微笑みを浮かべながら、手を握る力を強くする。
「俺はここに居るよ、一騎。・・・お土産も一緒にな」
「・・・お土産?」と妙な事を聴いた様な表情に変わる一騎に、少し自嘲気味の笑いを浮かべながら、
甲洋は懐から小さなビンを取り出した。
そのビンには、蛍のような淡い光を放つ物体が入っている。
「このビンにはね・・・総士の意識の情報が少しだけ入っているんだ」
「総士の・・・!?」と驚きを隠せない一騎に、甲洋は少しだけ安心した。
「良かった・・・。総士の事・・・ちゃんと信じて待ってるんだね」
甲洋がそう言うと、一騎の表情が陰る。
「当たり前だろ・・・。ちゃんと・・・約束したんだ」
「・・・ごめん」と甲洋は謝り、小さなビンを一騎に握らせた。
「良いか、一騎。良く聴いて」
甲洋は一騎の手を握りながら、はっきりと聴き取り易いように言う。
「このビンの中の総士の意識は、ビンの外に出すと、結晶化するんだ」
「―結晶化?」と不安気に問う一騎に、甲洋はこくりと頷く。
「―そう、結晶化。総士が一騎の心とひとつになろうと思って、創ったんだ」
一騎の目が大きく開いた。
「・・・同化・・・させるのか?俺の心と・・・総士の意識を」
そう言って、一騎は顔を伏せる。
甲洋は心配そうに、一騎を見詰めていた。
「俺・・・ちゃんと出来るかな」
ふるふると一騎の肩が震える。
「大丈夫かな・・・。俺・・・自信ないよ」
甲洋はそんな一騎の肩を掴み「一騎!!」と叫んだ。
「お前なら出来るよ!・・・出来なくても、体が・・・知っているだろう?」
そして、甲洋は微笑む。
「自分を信じろ、一騎。総士も―誰よりも一騎を信じてる」
甲洋は一騎の手から小さなビンを取り、ふたとなっているコルクを抜いた。
きゅぽん、と言う音に、一騎は顔を上げる。
「―同化作業を開始します」
ビンの中から落ちた光が甲洋の手の中に落ち、淡い輝きが、強い輝きへと転じた。
「結晶化・・・始めます」
甲洋がそう言うと同時に掌が青白く輝きだし、強い輝きを放つ物体を除々に結晶化させる。
そして、その物体はオパールのように色が混じって複雑な色合いをしている、三角柱のような結晶になった。
「一騎・・・準備は良い?」
甲洋が言った事に、一騎はこくりと頷く。
「甲洋・・・その結晶を・・・俺の手に」
結晶体がゆっくりと一騎の掌の上に移動した。
一騎はゆっくりと深呼吸し、神経を自分の手に集中させる。
「同化・・・開始」
ピカ、と結晶が複雑な色合いの強い光を放ちながら、一騎の胸の前に移動した。
そして―一騎の中へ入っていく。
「―ッ!!」
その瞬間、胸に鋭い痛みが走り、一騎は体勢を崩しその場に蹲ってしまった。
「一騎!」
甲洋が慌てて一騎の傍へ駆け寄る。
「っうぁっ・・・!」
心臓が締め付けられるような痛みに、一騎の思考は支配された。
「一騎・・・あの時みたいに、ちゃんと受け入れるんだよ」
激痛で震えている一騎の両肩に、甲洋はそっと手を添える。
そして、強く語りかけた。
「総士を受け入れるんだ、一騎!」
どくん、と一騎の中で心臓が脈づいたような感覚が、体中を走る。
一騎の瞳が大きく見開いた。
「―っ!!」
激痛と共に押し寄せてくる―感情の波。
忘れていた感覚、思い出した感情、忘れられない声の響き。
そのすべてが一度に押し寄せてきては、脳内を駆け巡る。
まるで―あの時のような。
一騎の思考には―2年まえと変わらぬ竜宮島があった。
そして―2年前と変わらない・・・大切な友人の姿があった。
『僕は、ここ居る』
大切な友人が言った、最後の言葉。
意識が闇へと落ちそうになるのを、一騎は必死に堪えていた。
「総、士―」
そう呟く一騎の脳内に、再び声が響く。
『僕はここに居る、一騎』
脳内にその声が響いた瞬間―ぷつ、と何かが切れたような、そんな音がした。
別れた時、お前は笑っていたような・・・そんな気がする、と一騎は思いながら、ついに意識を暗い闇の底へと沈ませて行った。
「一騎・・・?」
力が抜け、前に倒れそうになる一騎の体を甲洋が受け止める。
気を失っている一騎の呼吸が正常である事から、もう痛みは無いのだろう。
その事を確認してから寝台へと運び、寝かしつけた。
「良く頑張ったな・・・。やっぱりお前が羨ましいよ、一騎」
安堵感が宿る微笑みを浮かべながら、甲洋はそっと呟く。
しばらく一騎の様子を見ていた甲洋は、そっと部屋を出る。
そして、一騎の父・史彦に今の状況を伝えに行った。
* * * *
重力を感じさせない、暗い闇の中。
海の中に居るような感覚に、一騎は身を任せていた。
ゆらゆらと少し揺られながら、闇の中を漂う。
そんな時、聴き慣れた声が耳へと入った。
「一騎・・・起きろ」
モヤモヤとしている思考の中、一騎はその声の主を考える。
この声は確か2年前に別れた―
「総士・・・?」
そう一騎が呟くと、その声の主は柔らかい微笑みを浮かべた。
肩の少し下まで伸びた栗色の髪が、風に舞う花びらのようにゆっくりと揺れている。
「久しぶりだな・・・一騎」
今、目の前に居る友人―皆城総士は、2年前と変わらぬ姿でそこに居る。
「総士・・・やっと会えた・・・」
ポロポロと一騎の瞳から涙が流れ出した。
それを見て総士は「泣くなって」と苦笑を浮かべ、流れ出る涙を指先でそっと拭う。
「2年・・・待っててくれて、ありがとう、一騎」
泣いている一騎の顔を覗き込むように見ながら、総士は言った。
「約束・・・しただろ?」
一騎は溢れ出る涙を手の甲で拭い、精一杯の笑みを宿す。
その笑みを見て、総士は安堵の息を吐いた。
「・・・そう言えば、俺・・・どうしてはっきりと総士の顔が見れるんだ?」
はっとして訊ねる一騎に、総士は真剣な面持ちで答える。
「それは―ここが一騎の夢だからなんだ」
「え?」と一騎は疑問を浮かべた。
総士は悲しみの宿る微笑みを浮かべ、話し始める。
「一騎。僕はお前と別れてしばらくは・・・意識だけだったんだ。僕の体はすべてフェストゥムに同化されて・・・無くなった」
暗い闇の中には、光さえも届くはずが無い。
しかし、その天井を見上げて、総士は話を進めた。
「でも意識だけでも残れたなら、これで良いと思ってね。
これからどうやってお前の元へ行こう・・・って考えてたら、甲洋と会ったんだ」
一騎はただ黙って総士の話を聴いていた。
疑問は・・・浮かんでは消えての繰り返しだったが。
「甲洋と色々な話をした。竜宮島の事とか、僕のこれからについても」
そう言って総士は自分より少し高い位置にある一騎の顔を見上げる。
一騎は少し驚いて、息を呑んだ。
「一騎。もうすぐ竜宮島に、僕と同じ存在が生まれるはずなんだ」
「どう言う事だ?」と目を丸くしている一騎に、総士は一度考える素振りを見せ、再び口を開く。
「僕とまるっきり同じ姿をしている人間だ」
一騎は曖昧な表情を浮かべ、「それって・・・まるっきりお前って事か?」と訊ねた。
「まあ・・・そんな所だよ・・・」
そう言って総士は、寂しげな表情を浮かべる。
「僕と同じ存在。だけど・・・まるっきり別の存在・・・」
どこか意味深な言葉を呟いた総士に、一騎は少し不安になった。
表情が曇ってしまっている一騎に気付き、総士は微笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、一騎。お前なら、もう1人の僕をなんとか出来るはず、だ」
視界が除々に明るくなっていった。
それとともに総士自身も消えて行く。
「―総士!」
一騎は慌てて消えて行く彼の名を呼んだ。
「一騎、これは夢だ。お前が僕を忘れない限り・・・僕はいつでもここに居る」
そう言って微笑んだ総士は、光の粒になって消える。
―あの時のように。
* * * *
「一騎くん・・・」
自分が呼ばれたような気がして、一騎は目を開けた。
ぼやけた視界が段々はっきりして行き―白い天井が鮮明に見える。
「ぁ・・・」
息と共に小さく掠れた声が出た。
それは―久しぶりに見た鮮明な世界に感嘆した声なのかもしれない。
一騎は、自分の手を握ったまま寝入ってしまっている真矢に声をかけた。
「遠見・・・?」
それに気付いたのか。
真矢はピクッと肩を震わせて、慌てて伏せていた顔を上げる。
「かっ―一騎くん!?」
顔を真っ赤に染めてあたふたと慌てている真矢を横目で見ながら、一騎は気だるい体の上半身をゆっくり起こした。
「もう・・・大丈夫なの?」
先程とは大違いの心配そうな表情をしている真矢に向かって、一騎は戸惑う。
その戸惑いに気付いて、真矢は困ったような表情になった。
「あの・・・さっきね、一騎くんのお父さんから聴いたの。『同化の副作用が起きて気を失った』って」
―ああ、そうなんだ。気を失ってたから夢を―。
不意に視界が滲む。
同時に、心を締め付けられるような感覚が起こった。
「・・・一騎くん?」
一騎の異変に気付き、真矢は一騎の顔を覗き込もうとしたが、止める。
それは―一騎が泣いていたから。
「ごめんね・・・私が変な事・・・言ったから・・・」
真矢の呟いた事に、一騎はふるふると首を横に振った。
「違う・・・遠見は悪くない」
そう言って、一騎は涙を手の甲で拭う。
自分が人前で泣いてしまった事に少し自嘲の笑みを浮かべながら、真矢に夢で体験した事を語った。
「俺・・・夢の中で総士と会って、色々・・・話をしたんだ」
「多分、信じて貰えないと思うけど」と苦笑をしながら話す一騎に、真矢は少しだけ安心する。
「どんな・・・話をしたの?」
真矢は柔らかい微笑みを浮かべながら、一騎に問いかけた。
「・・・もうすぐ―」
その先を言おうとした時、いきなり部屋に赤い髪の少女―カノン・メンフィスが息を切らして入って来る。
何か事件でも起こったかのような慌て方に、一騎も真矢も目を丸くした。
「どうしたの、カノン!なにかあったの―?」
「み・・・皆城総士が・・・島に―」
「え!?」と驚く真矢を後目に、一騎はベットから飛び降り、部屋からとび出した。
「―一騎くん!!」
慌てて追おうとする真矢を、カノンが止める。
そして、一騎と擦れ違った時に気付いた事を言った。
「真矢・・・あいつの目は治っている」と。
* * * *
―俺は「ここに居た」はずだ。でも、どうしてこんな―
目の前に広がる景色を「懐かしい」と思う心に、陵 創矢は疑問に思う。
そして、今までの記憶が思い出せない自分にも少し不安があった。
「こんな時・・・お前が・・・お前が居てくれたら―」
無意識に口から零れ出した言葉に、創矢ははっとする。
「お前?お前って・・・一体誰の事を言ってるんだ、俺は」
創矢が自分自身にそう問いかけてみた。
だが、それに答えられそうな記憶も―存在しない。
「俺は・・・どうしたんだ?」
そう考えながら歩いている内に、一本の楠が立つ公園に来ていた。
青々とした葉を付けている楠は、大きくて・・・高い。
創矢はその楠の幹にそっと手を付いた。
「この木―っ!!」
触れた瞬間、左目が酷く痛んだ。
それは―目蓋の上から頬にかけて刻まれた、一条の疵痕のせい。
たまに出血を起こすその疵は、創矢にとってとても忌わしいものである。
「ぅ・・・っくっ・・・!!」
歯を食いしばり、左目の激痛に耐える創矢だが、最終的にはその場に蹲ってしまうほどの痛みにはならなかった。
「・・・なんなんだ、一体・・・」
数分経って、痛みがひいた左目を気にしつつ、創矢はそびえ立つ楠を見上げて思う。
その時、どこからともなく「総士!!」と自分の呼ぶ声が聴こえた。
「―総士・・・お前・・・やっと帰って来れたんだな」
どこかで聴いた覚えのある声だな、と創矢は思いつつ、声の主の方へ振り返る。
声の主は急いで来たのだろうか。肩で大きく息を吐いていた。
「おかえり・・・総士」
そう言われて、創矢はなぜかムッとする。
名も知らないヤツにどうしてそんな事を言われなくちゃならないんだよ、と。
「―お前、誰だ?」
声の主―一騎は、困ったような表情をする。
その表情に、ますます創矢はムカついた。
「お前・・・誰だよ。どうして俺の名前を知っているんだ!?」
怒りを露にして問い詰めに来た創矢に、一騎は戸惑いを隠せない。
驚いてなにも言えない一騎に、創矢は舌打ちをした。
「・・・お前・・・目障りなんだよ。今すぐ俺の目の前から消えてくれないか」
そう言った創矢に、ついに一騎は怒った。
「黙って聴いてたら好き勝手に言いやがって」
先程とは違う、低く声を出す一騎に、創矢はなぜか罪悪感を覚える。
「お前が『待っててくれ』って言ったから・・・俺は信じて待っていたんだ」
いつの間にか・・・一騎の表情は悲しみで歪んでいた。
「なのに、なんでこの2年を裏切るような事を言うんだ、総士!」
そう一騎が叫んだ時、一騎の背後から「一騎くん、皆城くん!!」と2人を呼ぶ真矢の声が聴こえる。
「皆城」と創矢が呟く声に、一騎は不思議に思った。
「総士・・・お前の苗字・・・皆城だろ?」
当たり前とでも言うような言い方に、創矢は再びムッとする。
「違う。俺の苗字は―陵だ。陵 創矢だ」
今度こそ一騎は言う言葉を失った。
その会話を聴いた真矢は、不安になる。
「どう言う事なの・・・?」
その疑問に答えられる者など、この場には居なかった。
もしかしたら、この島全体を探しても―見つからないのかも知れない。
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